性感染症
はじめに
開業してから感じることのひとつに、STD(性感染症)の多さが挙げられます。
そのような経験から今回は代表的な性感染症について説明していこうと思います。
2022年10月 はら泌尿器科クリニック 原 浩司
クラミジア尿道炎
クラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)が病原体の尿道炎です。
本病原体はトラコーマの起因菌であることからこの名前がつけられましたが、現在ではSTDの主要病原体として有名です。
臨床症状
男性では尿道炎が最も多いです。また、若年層の精巣上体炎の原因ともされています。排尿痛、 尿道不快感、そう痒感などの自覚症状があります。
淋菌性尿道炎に比べて潜伏期間は長く、2〜3 週間といわれています。女性では子宮頸管炎、骨盤内付属器炎(PID)、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)、不妊などを起こしますが、自覚症状の乏しい場合が多いです。そのため、潜伏期間を特定するのは困難です。また、妊婦の感染は新生児のクラミジア産道感染の原因となり、新生児肺炎や結膜炎を起こします。また、淋菌との重複感染も多く、淋菌性尿道炎(gonococcal urethritis; GU)の治療にもかかわらず症状が軽減しない場合は、クラミジアの感染が疑われます。(淋病後尿道炎、postgonococcal urethritis; PGU)。咽頭への感染がある場合は、しばしば頸部リンパ節腫脹を認めます。
治療・予防
治療には抗菌薬、とくにテトラサイクリン系薬、マクロライド系薬、およびニューキノロン系薬が使用されます。クラミジアは男女間でお互いに感染させるいわゆるピンポン感染があるため、両者の治療を同時に行うことが重要です。予防にはコンドームの使用、感染が疑われる相手との性的交渉を避けるなどがあります。
淋菌性尿道炎
淋菌感染症は淋菌Neisseria gonorrhoeae(gonococci)の感染による性感染症です。淋菌と似た菌に髄膜炎菌Neisseria meningitidis(meningococci)があり、DNAの相同性は70%です。両菌種ともヒトに病原性があります。ナイセリアは直径0.6~1 μmのグラム陰性双球菌です。
両菌種による感染の臨床症状には著しい違いがあり、淋菌は尿路性器感染症、髄膜炎菌は上気道感染の後に中枢神経系感染症(髄膜炎)をおこします。しかし、オーラルセックスによる淋菌性咽頭炎や髄膜炎菌による膣炎もみられます。したがって、確実な診断のためには検体の鏡検だけでなく、菌の培養と同定検査が必要になります。淋菌は弱い菌で、患者の粘膜から離れると数時間で感染性を失うそうです。したがって、性交や性交類似行為以外で感染することはまれです。
臨床症状
男性は主として淋菌性尿道炎を呈し、女性は子宮頚管炎があります。
男性の尿道に淋菌が感染すると、2~9日の潜伏期を経て通常膿性の分泌物が出現し、排尿時に疼痛があります。しかし最近では、男性の場合でも症状が典型的でなく、粘液性の分泌物であったり、場合によっては無症状に経過することも報告されています。
女性では男性より症状が軽くて自覚されないまま経過することが多く、また、上行性に炎症が波及していくことがあります。米国ではクラミジア感染症とともに、骨盤炎症性疾患、卵管不妊症、子宮外妊娠、慢性骨盤痛の主要な原因となっています。
その他、咽頭や直腸の感染では症状が自覚されないことが多く、これらの部位も感染源となります。淋菌感染症は何度も再感染することがあるので注意が必要です。
治療・予防
淋菌では耐性菌が増えているため、その出現や検出率には抗菌薬の投与方法や使用頻度が関わります。国や地域により、治療で多く使用される抗菌薬やその使用方法が異なるため、耐性菌の検出率も異なってきます。
治療として、スペクチノマイシン(筋注)、セフィキシム(経口)、オフロキサシン(経口)、ビブラマイシン(経口)などが用いられています。セフトリアキソン(静注)も有効です。近年、ニューキノロン系薬に対する感受性の低下が著しくなってきています。ニューキノロン系の抗生剤はクラビット、レボフロキサンといった商品名です。これらの抗生剤には淋菌は耐性菌があり効果がありません。予防対策としては、性的接触時にはコンドームを必ず使用することや、患者だけでなくその接触者を発見し、早期診断と治療を行うことが重要です。
最近の淋菌は本当に耐性菌が多く、注意が必要な感染症だといえます。
※ちなみに耐性菌とは?
抗生物質を使い続けていると、細菌の薬に対する抵抗力が高くなり、薬が効かなくなることがあります。このように、薬への耐性を持った細菌のことを薬剤耐性菌といいます
梅毒
梅毒は、性的な接触(他人の粘膜や皮膚と直接接触すること)などによってうつる感染症です。原因は梅毒トレポネーマという病原菌で、病名は症状にみられる赤い発疹が楊梅(ヤマモモ)に似ていることに由来します。感染すると全身に様々な症状が出ます。
早期の薬物治療で完治が可能です。検査や治療が遅れたり、治療せずに放置したりすると、長期間の経過で脳や心臓に重大な合併症を起こすことがあります。時に無症状になりながら進行するため、治ったことを確認しないで途中で治療をやめてしまわないようにすることが重要です。また完治しても、感染を繰り返すことがあり、再感染の予防が必要です。
感染したあと、経過した期間によって、症状の出現する場所や内容が異なります。
第Ⅰ期:感染後約3週間
初期には、感染がおきた部位(主に陰部、口唇部、口腔内、肛門等)にしこりができることがあります。また、股の付け根の部分(鼠径部)のリンパ節が腫れることもあります。痛みがないことも多く、治療をしなくても症状は自然に軽快します。
しかし、体内から病原体がいなくなったわけではなく、他の人にうつす可能性もあります。感染した可能性がある場合には、この時期に梅毒の検査が勧められます。
第Ⅱ期:感染後数か月
治療をしないで3か月以上を経過すると、病原体が血液によって全身に運ばれ、手のひら、足の裏、体全体にうっすらと赤い発疹が出ることがあります。小さなバラの花に似ていることから「バラ疹(ばらしん)」とよばれています。
発疹は治療をしなくても数週間以内に消える場合があり、また、再発を繰り返すこともあります。しかし、抗菌薬で治療しない限り、病原菌である梅毒トレポネーマは体内に残っており、梅毒が治ったわけではありません。
アレルギー、風しん、麻しん等に間違えられることもあります。この時期に適切な治療を受けられなかった場合、数年後に複数の臓器の障害につながることがあります。
晩期顕性梅毒(感染後数年)
感染後、数年を経過すると、皮膚や筋肉、骨などにゴムのような腫瘍(ゴム腫)が発生することがあります。また、心臓、血管、脳などの複数の臓器に病変が生じ、場合によっては死亡に至ることもあります。
現在では、比較的早期から治療を開始する例が多く、抗菌薬が有効であることなどから、晩期顕性梅毒に進行することはほとんどありません。
古くて新しい感染症、それが梅毒なのです。